
瓦あってこその歴史的風景
四国山地と阿讃山脈に挟まれ、吉野川が悠々と流れる――豊かな自然のなかで、脇町(徳島県美馬市)はゆっくりと時を刻んできた。その一画に、時の流れが止まったかのような古い町並みが残る[写真1~3]。通称「うだつの町並み」と呼ばれるこの地区は、1988年に重要伝統的建造物群保存地区に指定され、毎年修復・修景が行われてきた。白い壁に本瓦を載せた塗屋造り[※]の建物や土蔵が、500mの道筋に100件近く軒を連ねる。
ここに田村家という300年続いた町屋がある。この家の屋根は葺土の上に平瓦を4枚重なるように葺いている。2寸5分(75 ㎜)ずつずらすという葺足の細かさが、この家を長年にわたり支えてきた[図1]。なぜなら瓦が1枚割れても水が漏らないからである。この瓦があって家は残り、この瓦なくしては町並みもまた残らなかったに違いない。
写真1:山の緑に薄墨色の瓦屋根が映える
写真2・3:脇町には築100年以上の民家が多く残る。古くなった本瓦の古色は、温かみがあり、人工的にはつくり出せない味わいがある。写真2の右側がうだつ(壁)
※外側の壁のみを漆喰などで塗った造り
本瓦と桟瓦
うだつの町並みの重厚さは本瓦が醸し出すもので[写真2]、桟瓦とは違う味わいがある。本瓦を理解することは、この町の民家を知る大切な手掛かりになるであろう。この地域では、本瓦の地葺材に野地板を使っていなかった。垂木の上に割竹を並べ、その上に茅を敷く。茅の上には6~10 ㎝ほどの土を盛り、そこに平瓦をずらしながら3、4枚重ねて葺く。平瓦の左右には9㎜程の目地ができ、それをカバーするために丸瓦を載せる[図1]。こうしてつくられた本瓦葺きは重い。空積みの桟瓦の4倍以上の重量になる。
重さの大半を占めるのが葺土だ。しかし、この葺土にも役割がある。雨が降ると水は瓦に浸み込み、下の葺土まで達し、土に湿気が蓄えられ、晴れると湿気は瓦の表面や隙間から排出される。つまり本瓦の屋根は、葺土の助けを借りて呼吸するのだ。
下葺材に茅を使用するのも、葺土を厚く盛るのも、より屋根の呼吸を促し、室内環境を守るためである。そのためであろうか。10㎝以上の葺土を敷いた屋根の下には、貴重な商品や家財が置かれていた。温湿度の変化や雨漏り、そして火災から家を守るために、葺土は欠かせないものだったのである。
これとは対照的に、本瓦に対する桟瓦の優位性は軽さである[図2]。5~6㎝の重なりだけで葺き、割れたら、その瓦だけを差し代えれば済む利便性が広く普及した理由だ。

瓦葺きの見分け方
瓦葺きの良し悪しの見分け方をご存じだろうか。建物の正面から見るよりも、斜めから見ると分かると言われている。本瓦葺きならば、まず屋根全体を斜めに見渡せる位置に立ち、軒先の丸瓦と丸瓦の間から平瓦が見えなくなる地点を探す。そこから斜め上に目線を上げ、その線が直線に見えたら良く葺けた屋根だと言われている。
桟瓦も同様に、建物の左下から見て右上りに斜めに見上げ、瓦の角部分が規則正しく揃っていれば、良く葺けたことになる。瓦の角を結ぶ斜めの線を職人は雁足と呼び、この雁足の美しさが桟瓦の命だ。
写真4:脇町の保存整備のコンセプトは、「本物志向の町づくり」。民家の再生、景観保存活動に町全体が積極的に取り組んでいる
風土が生んだ瓦
四季折々の変化は日本の風土であり、瓦もその時どきに合わせて表情を変える。日差しの強い夏は白っぽく、冬は黒っぽく見える。雨に濡れるとしっとり落ち着き、晴れるとキリリと光を放つ。それは同時に、夏は遮熱、冬は保温、梅雨どきには除湿など、機能面でも四季の変化に対応する。ほかにも、塩害、結露、酸性雨、積雪など過酷な環境にも耐え得る能力をもつ。
瓦を載せただけで和のイメージをつくり上げる圧倒的な存在感。それは日本の風土を生き抜いてきた和瓦の自信の現れである。
瓦職人が必ず口にする言葉がある。一に雨漏り、二に耐久力、そして必ず三には美しさを添える。この3つは瓦屋根において、切り離せないものなのであろう。雨漏りがなく、割れずに葺くことができれば屋根は美しくなり、反対に美しい甍いらかは丈夫で雨漏りしない屋根だと信じられているからである。
(最勝寺靖彦+SOFT UNION)
写真:最勝寺靖彦




