『「ダイヤモンドサッカー」の時代』

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日本サッカーの発展は、この番組の存在なくして語れない!
 今でこそサッカーは人気スポーツのひとつとなり、海外のトピックにも事欠かないようになったが、1991年にJリーグが発足する前までは、サッカー関係者・ファンにとっては不遇の時代を強いられていた。そんな中で唯一、海外のサッカー映像・情報を紹介していたのがテレビ東京「三菱ダイヤモンドサッカー」である(1968〜1988年)。「サッカーを愛する皆さん、ご機嫌いかがでしょうか?」という挨拶で始まるこの番組は、実況・金子勝彦、解説・岡野俊一郎の絶妙なコンビネーションと含蓄も相俟って、サッカー関係者・ファンに熱狂的に愛されるようになっていった。特に1974年、他局が選挙速報を放送する中、W杯西ドイツ大会決勝戦の衛星生中継を行ったことは当時としては画期的であり、サッカーファンの伝説と化している。現在に至る日本サッカーの躍進を支えてきた選手・関係者の多くが「この番組を見て育った」と口を揃える「ダイヤモンドサッカー」とその時代が、20年の時を経て、今ここに蘇る。

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<目次>
PART1 「ダイヤモンドサッカー」とその時代 大住良之 
PART2 対談 岡野俊一郎×金子勝彦
「ダイヤモンドサッカー」はなぜ、サッカー番組の嚆矢となりえたのか 
PART3 各界に広がる「ダイヤモンドサッカー」のDNA
「こういう番組を日本に導入したら、どれほど日本のサッカー界のためになるでしょうかと進言したんです」諸橋晋六(三菱商事特別顧問)
「日本のサッカーが大きく飛躍するかどうかというひとつの分岐点が、1968年だったと思う」川淵三郎(日本サッカー協会キャプテン)
「この番組は、僕にとっての教本なんです」横山謙三(埼玉県サッカー協会専務理事)
「この番組を見ることイコール"頭の体操"だった」釜本邦茂(日本サッカー協会副会長)
「一度スタッフがブレーメンにまで取材に来たけど、その映像をまだ見ていないんですよ」奥寺康彦(横浜FC代表取締役)
「岡野さんの知識が、サッカーファンすべての知識になってしまった」後藤健生(サッカー・ジャーナリスト)
「『ダイヤモンドサッカー』で見たブラジル対イタリア戦のことを思い出すと、今でも身震いがする」石田純一(タレント)
「背筋を伸ばしながらブラウン管に見入っていました」岡田武史(サッカー日本代表監督)
「世界のことを教えてくれる旅番組であり、教養番組だった」岡田惠和(脚本家)
「それまで知っていたスポーツの世界とは違う、異次元のものを感じさせてくれた」武智幸徳(日本経済新聞社運動部記者)
「サッカーは、僕にとっての宗教なんです」清永浩文(SOPH.代表取締役)
「いま思えば、もう少し見ておけばよかった」井原正巳(サッカー・オリンピック代表コーチ)
PART4 「ダイヤモンドサッカー」1968〜1988 全放送記録
<編者紹介>
JDFA(ジャパン・ダイヤモンド・フットボール・アソシエーション)
 1968年に海外サッカーの映像を初めて日本に紹介し、以後20年間にわたり"サッカーという文化"も交えてサッカーの本質を伝え続け、日本サッカーの発展に多大な貢献をしたテレビ番組「三菱ダイヤモンドサッカー」の功績を語り継ぐとともに、次世代のサッカー関係者・ファンに日本サッカー黎明期の"熱さ"を伝え、普及することを目指して結成された。
<書誌情報>
タイトル:「ダイヤモンドサッカー」の時代
編者:JDFA(ジャパン・ダイヤモンド・フットボール・アソシエーション)
定価:本体2000円+税
版型:四六判
ページ数:448
発行年月:2008.02
ISBN978-4-7678-0613-6

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